
![]() ステージの様子です。もともと劇場だけあってしっかりしたステージで、裏側には出番を待つアクトレス(すなわちケヴィン)のための控え室もちゃんとありました。 ![]() 天井から吊られているモニター。 ![]() ステージからフロアを見下ろしたらこんな感じ。 ![]() All Men Dance to the Tribal Beats… ![]() Floorはいつもこんな感じ。 ![]() ケヴィン達のショー。まさに「Drug Queen, take your mark, the dance flooris now open…」というかんじ。 ![]() ピークタイム。奥のほうにはスピーカーの上に乗ったダンサーが見える。 ![]() ピークタイムその2。何千人の男が踊っているのか!?とにかくモミクチャ。 ![]() 良く見るとこのフライヤーの背景の柄はマドンナの"Human Nature"のジャケット写真の背景と同じ。この部屋はチェルシーホテルの一室らしい。 ![]() これがラストパーティとなりました。「アリイイイイナアアアアア!」 ![]() フライヤーのデザインはトンネル時代よりもエグくなってきました。 ![]() このミニ・ポスター、閉じていると「Missing You…」(あなたがいなくて寂しいわ…)となっていて何やらArenAタンクトップを着た常連さん達が悲しそうにしています。それを開くと… ![]() 開くといきなり「Welcome Back Junior!」(ジュニア、おかえりなさい!)とドッカーンという感じでお馬鹿なライジング・サン模様の中でみんなが喜んでいます。アホですね〜。この時期ジュニアはUKツアーに出たりしてお休みが重なってしまったので。 ![]() Jr+Joi アリーナのブースでの2ショット。ゴージャス。 ![]() ブースの中に飾ってあった「ジュニア・コックス」の写真。詳しくはセットリストを読んで! ![]() フロア横の階段です。開店当時の写真。 ![]() これも開店当時のもの。アリーナではスピーカーがこの当時の6倍くらい?増設されていました。 ![]() これもオープン時期の写真。きれいだな〜。 ![]() 外の通りから見るとこんなかんじでした。大きいね。このブロックの角に銀行があるのが便利だった。ちなみに僕はほんの一時期ですがPalladiumのはす向かいの、てっぺんにピラミッドが付いた大きなアパートに友達と住んでいました。1階はスーパーだし地下鉄もすぐ。Eightballは徒歩5分くらいでいい環境でした。
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とりあえず今回がJunior's Classicsとしては最終回。The ArenA Classicsをお送り致します。とは言ってもArenAがクローズしたのは'98年。ついこの間の事ですからまだ「クラシックス」って言うには早すぎますけどね。 僕が初めてPalladium(パレイディアム、と発音します。「レ」にアクセントで。パラディウムじゃありません)に行ったのは'86年でした。NYに2ヶ月ほど滞在している間に、イタリア人の友達に「おしゃれなディスコあるってさ。いってみようじゃん」とさそわれて行きました。でも当時はクラブ、といってもまあ大箱でディスコのりなわけで、Bananaramaの"Venus"とかPhilly Nelsonの"I Like You", 情熱ラテン男「Andy Panda」率いる「Fever Record フリースタイル系」なんてプレイされたりしてましたね。一番奥のステージにはキース・へリングの絵の垂れ幕がかかってました。で天井から巨大なTVモニターが吊られていました。この時に土曜日にレジデンツでDJをしていたのはDJ Tom FinnというDJで、なぜか何度か遊びに行くうちにミックステープを貰うくらいに仲良くなってDJブースに入れてもらったりしてました。ArenAの時とは違って2階のところがDJブースでした。ターンテーブルがハウリング防止の為にぶっといスプリングの上に載せてあって、「ぐにょぐにょ」してるのを初めて見てショックでした。建物の中身はジュニアのパーティ「ArenA」が入ってくる前と後とではそんなに変わっていません。磯崎信のデザインは時代の先端を走っていたって事ですね。丸く光る階段なんかも10年以上経過してもそのまま変わらずArenAで残されていました。今回載っている写真の何点かはまだArenAが始まるずっと以前の、開店当時のパレイディアムの写真です。見れば分かりますが細かいこと言うとスピーカーなどが全然違いますね。 それ以降しばらく僕自身このクラブには無縁だったわけですが、ジュニアはたまに「BUMP !」という日曜日のゲイ・パーティで何度かプレイしていたみたいですね。その時、先にプレイしていたFrankie Knuckles & 仲間と、後から到着したジュニアのクルーとDJブースで「さあみんな出てってくれ」「いや出て行かないぞ」と一悶着あったみたいですが。でもジュニアがトンネル辞めてパレイディアムでレジデンツDJになる、って話を聞いたときにはまたまたビックリ。箱の持っていたイメージといい、14th Streetというロケーションといい、今までのウエストエンドの倉庫街のあの独特の「ヤバさ」みたいなのが何も無いし、何も知らずに来る人が多いんじゃないって気もしました。でも開いてみたらそんなことも無く、ドアマンも問題起こしそうなキッズとかは入れずに厳しく選りすぐっていたので、Jiffyみたいに「ArenAが最高だった」と言わせるほどのいい雰囲気に。もちろんサウンドシステムは最強のものに変更。 ArenAといえばまずは壁の柱に沿って入っているパネルの照明。あれ、やばいんだよねえ。朝6時くらいまでは全く使わないで照明も暗めで引っ張ってきて、いきなりある曲のロールが抜けたところとかで「バーッ!」って全部真っ赤に付けたりして、とばされた(笑)。 あとフロアからは遠すぎて何も見えない吹き抜け3階にあるジュニア専用の新築DJブース。もうほんとに神の世界入っちゃってて地上の下界とは完全に切り離されちゃってた。2階の客席のところから少し中が見えたりするんだけど、フェイクファーとかが貼ってあったり、やたらと格好良いなあって思ってたら、なんとDolce &Gabbanaがインテリアをデザインしたブースだとか。う〜ん、格好いいねえ! 羨ましいねえ! この天界DJブースに上がっていく途中の階段のネオン管とか、壁に貼ってあるポスターとか、本当にジュニアの趣味がモロに出てる感じで面白かった。もちろんDJブースのあるところには専用トイレ、おもてなし専用ソファー、その他生活できる全ての装備がついていました。 箱自体、全体的に非常にゆったりした作りだったし、ソファーとか座席がこれでもかって位沢山あったので(まあ元々劇場だったわけだし)そういうところも快適で良かった気がします。 曲は前半戦はハードトラック、御家芸のトライバル、中盤戦で怪しいモノを含みつつ、後半戦では「Arena Anthem」という言葉が示す通り、かなりとポジティヴな内容のヴォーカルもの、ハッピーなモノが、そしてちょっと哀愁入ったトランスも多くプレイされていました。 クローズする週の土曜日〜日曜日は最後まで居れたんだけど、急に決定した日曜〜月曜のファイナル・ファイナルは用事があって最後まで居れなかったのが悔やまれます。ギュウギュウに混んでいて本当に口コミだけであれだけの(多分8000人位)が急に集まったって凄い事です。最後の最後にはジュニアのアナウンス、「みんな、この店の中にあるもので取り外せるものあれば全部持っていっていいぞ」の言葉を真に受けて2階のイス(単なる劇場のイス)を取り外して(ってなんでおまえ道具持ってたんだよ? ドロボーか?)持ち帰ったバカな僕の友達を少し誇りに思います。この間跡地を見に行ったときには、もうビルは瓦礫の山に取り壊されていてNYUの学生寮になるとかいう話らしいですが、やっぱりちょっと悲しい気持ちでした。 text by Fumi Kondoh
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